「自然の厳しさへのあこがれと、人恋しさ。冬の蝶ヶ岳(2,677m) からの眺望は、
人間の相反する欲求を同時に満足させてくれる」。
厳しい自然。それは、西側にどっしりとそびえる槍・穂高連峰だ。梓川の谷を挟んで向かい合う穂高連峰は、石を投げれば届くのでは、と思えるほどの間近さです。

前穂高岳(3,090m)奥穂高岳(3,190m)
涸沢岳(3,110m)北穂高岳(3,106m)と、所々に黒い岩肌をのぞかせたピ
ークが連なる。 その北側には槍ヶ岳(3,180m)が、真っ白な穂先を青空に突き刺している。涸沢
から槍沢へと並ぶカール群も、まばゆいばかりの白一色だ。中空に浮かんだ昼の月が、荒
涼とした景観を一段と際立たせる。 ほおを刺す寒風を、しばし忘れさせるほど
の雄大なパノラマだ。
地図の上では分かっていても、安曇野のすぐ西にこんな世界がある
とは、にわかに信じ難い。振り返ると、ぼんやりとかすんだ安曇野の
田畑や家並みが眠たげに広がる。西側とは対照的な、のどかな風景が広がります。
その向こう
には、白い煙をたなびかせる浅間山、そして八ヶ岳‥・。なだらかな山並みが
幾重にも重なり、はるかに富士山の端正なシルエットが浮かぶ。
こんな眺望が楽しめる蝶ヶ岳は、北アルプスの冬山では入門コースです。冬
のルートは、上高地側からが一般的。横尾から尾根を直登するか、距離はやや長いが、徳沢から長塀尾根を詰める。どちらも稜線近くまで樹林帯が続き、槍・穂高連峰に比べると雪崩や吹雪の危険性は格段に少ない。いざ
となったら、樹林帯や冬期小屋に逃げ込めるのも安心感につながっています。
ベースとなる蝶ヶ岳ヒュッテの冬期小屋は40uほどの広さ。
一般
登山者のほか、じっくり腰を落ち着けて槍・穂高連峰を狙
うカメラマンも多い。
入門コースとはいえ、2,700m近い北アルプスの稜線だ。晴れてはいても、穂高連峰から吹きつける季節風の強さと冷たさは平地とは比較にならない。蝶ヶ岳は強風の
″名所≠ナもあり、立っていられないほどの烈風も珍しくない。二重山稜が発達した
広々とした稜線はガチガチに凍り付き、雪が吹き飛ばされて所々地面がむき出しにな
っている。小屋のトタン屋根も、毎冬のように一部が風ではがされるという。
そんな蝶ヶ岳も、夏は常念山系屈指の高山植物の宝庫に変わる。中でも、チョウの雪形
が現れる蝶ケ岳ヒュッテの南東斜面は、チョ
ウの羽を形作っていた雪が消えると同時に、
ウサギギク、ミヤマキンボウゲ、コケモモな
どが一斉に花を付ける。蝶ヶ岳から大滝山
(2,616m) にかけての稜線にも、
コバイケイソウやシャクナゲの群落があり、
花のシーズンは家族連れや女性登山者でにぎわいます。
雄大なパノラマとお花畑−。隣にそびえる
常念岳の整った山容に比べ、地味な存在の蝶
ヶ岳だが、北アの四季の魅力を手軽に味わえ
る山です。